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【現地レポート】「便利さは必ずしも豊かさではない」初めてのネパールで、「現地の当たり前」に触れ感じたこと

【現地レポート】「便利さは必ずしも豊かさではない」初めてのネパールで、「現地の当たり前」に触れ感じたこと

2026年の年明け、FC REALEジュニアのコーチであり、エンジョイクラスの講師でもある宮澤慎太郎が、「MY FOOTBALL KIT」と共にネパールを訪問しました。

FC REALE ネパールで、そして首都カトマンズから車で10時間以上かかるモラン郡の学校やグラウンドなどで、サッカー指導やエンジョイクラスの開催、「MY FOOTBALL KIT」プログラムの実施を通して、多くの子どもたちと直接ふれあった3日間でした。

現地に足を運び、同じ空気を吸い、同じ時間を過ごしたからこそ見えてきたこと。
感じたこと、考えさせられたこと。

そのすべてを、宮澤慎太郎が現地レポート としてお伝えします。


カトマンズから遠く離れたモラン郡ビラトチョーク

ネパールの首都カトマンズからフライトにて約30分ではあるが、陸路だと10時間以上はかかる場所。
首都から遠く離れたモラン郡ビラトチョークでは、サッカークリニックおよび「My Football Kit」のプログラムを実施した。

現地に到着してまず驚いたのは、活動の細かな計画が事前に固められているわけではなく、到着後に現地スタッフとミーティングを重ねながら決まっていく点であった。ある程度は想定していたものの、実際には想像以上に慌ただしく、先の見えない不安と同時にワクワク感を常に抱えながらの活動となった。

一方で、現地の人々にとってはそれが日常であり、多少進行が滞ってもあまり気にしない雰囲気があった。事前に多くの情報を把握し、十分な準備ができれば、より質の高いものを提供できるだろうと感じる反面、あまりにも計画を厳密にコントロールしすぎることは、現地の国民性にとっては窮屈さにつながるのかもしれないとも感じた。

250人以上の子どもたちがグラウンドでお出迎え

最初のサッカークリニックでは、状況を十分に把握できないままグラウンドへ向かった。参加者は100人ほどと聞いていたが、実際にはそれを上回る250人以上の子どもたちが集まっており、驚かされた。どのように対応すべきか戸惑いもあったが、同行してくれたFC REALE Nepalのアニッシュコーチが的確にグループ分けを行ってくれたことで、自然な流れでクリニックが始まった。

対象はおおよそ10〜14歳の子どもたちで、並ぶ、話を聞くといった集団行動は比較的しっかりと統制されていた。7列ほどに並んでウォーミングアップを行った際には、先頭の子どもの話に真剣な眼差しを向け、指示された動きを一生懸命に取り組む姿が印象的であった。

サッカーの技術面では荒削りな部分も多いものの、決して良いとは言えないグラウンド環境の中でも、状況に応じてボールコントロールやパスを工夫しており、この環境だからこそ育まれる力があるのだと感じた。

1日目の最後と2日目には、ゲーム形式の練習に自分も加わって活動したが、女子チームや中学生年代の子どもたちは、大人である自分に対しても強く体をぶつけてくるなど、物怖じしないたくましさを感じた。低学年の子どもたちも負けん気が非常に強く、ボールがアウトした際にはどちらのボールか言い合う場面もあった。

しかし、いつまでも対立が続くことはなく、自然と折り合いをつけてゲームが再開されていた。大人が過度に介入することなく、子どもたち自身で問題を解決していく様子に、日本の子どもたちとの違いを強く感じた。

試行錯誤の「My Football Kit」

「My Football Kit」は3人1組のグループで実施した。マニュアルは使わずにスタートし、完成品を持って各グループを回りながら様子を見た。どのグループも、できるところから手を動かしながら試行錯誤を重ねていた。完成品を見せると、細部までよく観察し、それに近づけようと工夫する姿が見られた。

15分ほど経つと、少しずつ形になり始めるグループが出てきた。はめ込み部分の形状や、同じ形の部品の組み合わせ、一つの差し込み口に二つの部品が付くことがあるといったポイントに気づけるかどうかが、完成への大きな近道であると感じた。

途中で必要に応じてマニュアルも配布したが、それが大きなヒントになっている様子はあまり見られなかった。半円程度まで完成すると、その後は時間の問題で、最後は何とか部品をねじ込むようにして完成させていた。

完成した瞬間に思わず歓声を上げる姿はどのグループでも共通しており、このキットならではの達成感が表れていると感じた。一方で、子どもたちの様子を見ていると、個人での製作は難しいとも感じた。

「My Football」という名称ではあるが、グループで取り組むことでコミュニケーションが生まれ、ひらめきを共有し、達成感を分かち合える点に、この活動の大きな価値があるのではないかと思った。

Kathmanduでの活動

KathmanduではFC Realeの子どもたちと活動を行った。彼らは外部から来る指導者に慣れている様子で、比較的スムーズにトレーニングへ入ることができた。U11〜14の選手たちは、技術レベルの高い選手とそうでない選手の差が大きく、特に動き出しのトレーニングでは、ステップがぎこちない選手が多く見られた。日頃からのアジリティやコーディネーション能力を高めるトレーニングの重要性を改めて感じた。

レディースチームは人数こそ少なかったものの、非常に真剣に取り組んでいる姿が印象的であった。止める、蹴るといった基礎技術はしっかりと身についており、ドリブルなどの個人技術も高いレベルにあった。一方で、もう少し顔を上げて周囲を見ながらプレーできるようになると、さらに良くなるのではないかと感じた。

練習後には、Anishをはじめとするコーチ陣と軽い食事をとりながら話をする機会があった。その中で、「他にやることがないからサッカーに来ている子どももいる」「だからこそ“楽しい”を大切にしたい」といった話が印象に残った。自分としては、「楽しい」とは何かを考えながら、単にゲームをするだけでなく、意図を持ったトレーニングを行うことも重要だと感じているが、環境や社会におけるサッカーの位置づけによって、価値観や考え方はさまざまであることを実感した。

寄付活動について

今回、現地の子どもたちに対して直接寄付を行う活動を初めて経験した。

持参したシューズの数に対して、明らかに集まった子どもたちの方が多く、今にも混乱が起きそうな雰囲気があった。しかし、もらえなかった子どもたちも「仕方ない」という様子で受け入れており、その姿が強く印象に残った。小学校での寄付活動でも同様で、小さいサイズの靴しか用意できていなかったため、クラスの中で年長的な存在の子には寄付品が行き渡らなかった。それにもかかわらず、その子が率先してクラスメイトを座らせ、場をまとめようとしている姿を見て、健気さを感じた。

寄付活動は、すべての子どもに行き渡る形で実施できるとは限らない。もらえなかった子どもの姿を見ると、やらない方が良いのではないかと感じることもある。しかし、だからといって何もしないという選択が正しいとも思えない。今回、実際にその場に立ち会ったからこそ、こうした葛藤を自分事として感じることができたのだと思う。何かしらのアクションを起こすこと自体に意味があるのではないかと感じた。

この点について現地スタッフと話をした際、「答えを出すことではなく、考え続けることが大切だ」という言葉が心に残っている。寄付活動は、受け取る側にとっても、渡す側にとっても大きな意味を持つものであり、その在り方についてこれからも考え続けていく必要があると感じた。

ネパールについて

今回、はじめてネパールを訪れる機会をいただいた。日本とは異なる点があまりにも多く、戸惑う場面の連続であった。建物や道路の造り、交通状況、人々の動きなど、どれも自分が「当たり前」だと思ってきた基準が通用しないことを強く実感させられた。自分の世界が狭いのではなく、異なる世界に飛び込むからこそ見えてくるものがあるのだと感じた。

出発前から離陸の遅れが決まっていた飛行機、フロントガラスにひびが入ったまま走るタクシー、当日のミーティングでほとんどの物事が決まっていく進め方、走行中の車の屋根から荷物が落ちる光景など、日本ではまず体験することのない出来事ばかりであった。こうした一つ一つが、これまで自分が見てきた「普通」が決して普遍的なものではないことを教えてくれた。

出会った人々は、一見すると怖そうな印象を受けることもあったが、話をすると皆表情が柔らかく、自然と距離を縮めることができた。そこにネパールの人々の人柄が表れているように感じた。子どもたちも非常にエネルギッシュで、プログラムを実施する側の自分自身も心から楽しむことができた。一方で、子どもたちの様子には都市部と地方で違いが見られ、地域性が表れる点はどの国も共通していると感じた。全体的に、子どもたちは実年齢より幼く見える印象があり、栄養状態などの影響もあるのか、体が小さく細い子が多いことが気になった。

地方を訪れた際には、役所が暴動によって焼き討ちに遭った直後で、焼けたままの建物や物が外に残されていた。会議も建物の中ではなく、玄関前に机を並べて行われており、その光景に強い衝撃を受けた。日本では暴動そのものがほとんど起こらないため、現場を目の当たりにして驚いた一方で、そのような状況下でも普段と変わらない様子で業務を続ける職員たちの姿にもまた驚かされた。 ネパールでの生活を見ていると、便利さが必ずしも豊かさではないということを考えさせられる。何が良くて何が悪いかは立場や環境によって変わるものであり、狭い視野のままでいると、自分の判断基準もまた狭くなり、大切なものを見失ってしまうのではないかと感じた。ネパールという国を一言で表現することは正直難しい。しかし、そこに暮らす人々にとってはそれが日常であり、その「当たり前」に触れることで、私たちに多くの考えるきっかけを与えてくれる旅であった。

文章:宮澤慎一郎